ページトップへ

自分の仕事

tumblr_msw5otqdng1sy1iceo1_1280

別にやりたくて始めたわけではなくて、最後に残った選択肢が家業の写真屋だった、というだけの話で。

そんなボクでも、日々働くなかで「これは自分だけの問題じゃないんじゃないか」「伝えないといけないんじゃないか」と思った出来事があって、それを伝えるために写真教室を始めて7年経ちました。

「rooters」に参加するにあたって、何を書こうかと考えたけど、ボクが写真屋という職業を自分の仕事にしようと思った、その出来事についてまずは書いてみようと思います。

8年前、写真は今ほどオープンな趣味ではなくて、特にウチはカメラマンベストが似合うような人たちがお客の大半で。

撮影ツアーに行って写真を大きく伸ばしてコンテストをして、という世界は、ボクが思い描いた写真屋像とは少しちがって、違和感を感じずにはいられなかったけど、平均年齢65歳のなかにぽつんとあらわれた、当時20代半ばのボクをみんな歓迎してくれて、当初感じた違和感も忘れかけていました。

そんなとき、常連の奥さんが亡くなって「これを遺影用に」と持ってきた写真が、旅行の集合写真でした。

ウチで何百枚と大伸ばしをしてきた人なのに、奥さんのきちんとした写真は一枚もなくて、よりによって本当に小さくしか写っていない集合写真。

「なんで?」という言葉が頭をぐるぐる回って…、なにか間違っていると強く感じました。

「あなた写真が趣味なんでしょう?」

だけど写真業界にも責任はあって、どうしても商売のことを考えると、そのほうが手っ取り早いというか、写真を趣味にしている人たちを、そっちへ向かせていたのはボクらで。そのことについてもすごい葛藤があった。

「これはなにかしないと」と思って、いくつかの奇跡的な出会いを経て、いま写真教室でそれを伝えています。

時代はデジタルカメラに代わって、携帯電話のカメラ機能にその役目を譲ろうとしていて、日常を大切に記録する人は昔よりずっと増えたと思うけど、それを喜んでばかりもいられない新たな現実があって。

いま「写真」と聞いて、紙の写真をイメージする人はどれくらいいるんだろう?データの危うさを認識できていますか?

それを生業としている人間の言葉に、どれだけの説得力があるかわからないけど、自分の人生の付箋として、写真はプリントという「モノ」で残したほうがよい。

このことだけは真実だと思っています。そしてそれを伝えていくことが「自分の仕事」だと、今も強く感じています。

album_re

アルバムのすゝめ

「アルバム部」という活動を

31

はじまりをくりかえす

明日からまた新しく写真教室

山本 陽介

検索関連投稿

IMG_eye

濱中孝子

ねじり・・・

fead2

亀谷靖之

オートマタ/亀...

flower0727b

亀谷靖之

花と植物、食物...

DM傘展表

藤井圭一郎

鈴木マサル傘展 ...

thum

吉野二三泰

常盤湖をヘラブ...